2013/03/06

間のカケラ




大事にしていた?のに割れてしまった陶器のカップ
でもその割れ目が美しく金繕いする気がなくなる。
の土の中はこんなふうな色やったのね。  


先日とある陶芸家の方の作品のカケラをいただく。彼の
作品の一部が剥げ落ちたもの卵の殻みたい。
                    (イノウエヨウコ

2013/03/04

line



緊張感のあるラインには
曖昧なラインが必要で
複雑になりすぎた頭の中には
とても単純な形が必要

世の中、簡単になった分
複雑になりすぎた・・・・。

今日は、カメムシが飛んできたから
はらい飛ばした
ひっくり返ったカメムシは
なかなか起き上がることができない。

なぜ、こんなにどんくさいんやろう?

もし、進化と言うものが完璧を求めるなら
単一の生物で地球が覆われていたのかも知れない。
でも、何億と言う種類の生きもの達が生存していて
それぞれに、得意なこと、不得意なことがある。
不思議とバランスが取れていることに
おもしろさがあるし
なにか、意義を感じる。

昭和から平成に入り
人は平らに成る事を求めたのかもしれない
けど、平成に入り
いよいよその言葉の反対に、複雑になっていく。
平らという言葉はどこ行った・・・・。
昭和、平成ときたら、その次は、悪行の時代とかつければいい。。。

そんなこと言ってる場合でもないか^^

今回、line という連作を制作し、
やわらかな波を「間」の中におこしていきたいと思います。




(ハタノワタル)












2013/03/03

絵を描く場所
















小作品は別として
制作は外というのが多いです。
なので、晴れた日に屋外で絵画を制作します。
別にアトリエがないというわけではありません。
10畳程度のアトリエを2つも持っているわけですから
恵まれている方だと思います。
ただ、やはり、自然の光と、かなり引いて見ることが、可能という意味で
何故か外を選んでいます。
そして、絵筆を持っている時間より
じっと見て、ぼんやりしている方が長いです。
少しでも、深く入っていける入り口を探して、待ちます。


(ハタノワタル)

人と人の間

 

自分と自分
自分と愛する人
自分と家族
自分と友達
自分と近所の人
自分と地域の人
自分と日本の人
自分と世界の人
自分と過去の人
自分と未来の人

様々な人とのかかわり合いがあり
(また、人以外にもいのちやモノ)
それぞれの間に、それぞれの温度があります。

今回の作品展に向き合うとき
それがどこの間なのかという問いを自分に聞き
制作を続けています。
そして、今回の“間”に関しては
ごくごく個人的な
つまり、自分と自分、愛する人や家族、友達・・・・。
その中に生まれてくるあたたかさのようなものを
作品にしようと考えています。

あまりにも個人的なことが、他者にどう伝わるのか?

象設計集団の建築にかかわるコンセプトのようなものを聞いたことがあります。
例えば、小学校のような建物を設計するとして、みんなが楽しめる場所、みんなが学べる場所と言う考えよりも、個人、、、例えば、少し人と付き合うのが苦手な子どもが、ひとりでいれるスペースを作ること。そこの空間が、例えば階段の下のスペースで、陽だまりができているあたたかいスペースを作ることによって、公というものに深みを与えていく。
(話が違っていたら、すいません。このように理解していました)

確かに、ペットと飼い主の愛情物語とか、
会ったこともないない人の感動物語に涙することありますよね(笑)
そして、それが、多くの人に感動を与えるような・・・。


かといって、特に感動を呼ぶ絵を描こうとはしていません。
あるイメージする特定の人の作る空間に
そっと添えれる花のような作品ができればと思います。



写真は、描く前のパネルの写真です。
合板に和紙を貼り、顔料を何層も重ね、下地を作っています。




(ハタノワタル)